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テディ池谷さん
今日は柿本さんに呼んでいただいて豊中の千里ペインクリニックの病院内にあるミニ・コンサート・ホールでの演奏でした。

メインアクトはテディ池谷さん。(左は柿本秀明さん。)

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超有名な方なので詳しくはテディさんの事務所のプロフィールを参照してください。
http://www.akiyama-music.co.jp/artist/iketani.htm

実は、僕がベースを始めたキッカケに関係ある方なのです。
中学生の頃からエレキギターを弾いていた僕は、高校入学時(粉川高校)はビートルズはもう聞かなくなりサンタナやジャズを聴く変な小僧でした。入学してすぐに友人の前川くんが妙な音楽クラブに入ったようで僕にもギターが弾けるから一度覗きに来いと言うのです。
その名も「粉川ラテン・バンド部」。略して「KLB」。
なんだこのダサい名前(^^;
しかし、サンタナにすっかり傾倒していた僕はこの古い時代の「ラテン」という言葉に少しひっかかりつつ覗きに行ったのでした。
そこに居たのは、三年生の西田と称する上級生。
彼の出で立ちは、スラットしたハンサムガイなのですが、学生服の上着がヘン。
ポケットが異様に付いている。それに裏生地が真っ赤な刺繍入り。
つまりツッパリ野郎なのです。そして一言。
「おまえ、ギターを弾いているらしいな。残念ながらギターは必要ないが、ベースが足りない。明日からベースを弾け。来なかったらどうなるか分かってるやろな・・・」
見たいな(^^;
不良です。不良。(後から分かるのですが、本当は凄く前向きで実直な素敵な人物だったのです。)
このクラブは一応は正式な部活なのですが、僕が入学する9年前につぶれた吹奏楽部の遊んでいる楽器を不良たちが勝手に拝借し、ラテンフルバンドを立ち上げたのです。
僕が入学する9年前ですから1975年の9年前。1966年。
もう、ビートルズは武道館に来ていたし。そろそろ、リボルバーも発売してる。
エレキギターが世界の音楽を変えつつある時代です。音楽からコード進行が消えつつありモードがロックを変えつつある時代。その時代にラテンフルバンド(^^;
ペレスプラードや東京キューバンボーイズのコピーバンドをしている訳です。
そして僕の入学時にはもう、時代はクロスオーバーなのです。
FMラジオをかければマイルス・デイビスが電化ジャズを演奏している。デオダードが一斉を風靡していて、リターントゥフォーエバーがフェンダーローズをディストーションさせたサウンドでラテンジャズを演奏している。
ジャコはテビューアルバム出してるし、ウェザー・リポートも大活躍。
しかも、本格的なサルサを少年達が耳にするサンタナのアミーゴの発売までもうすぐ。
当時サンタナはアイアート・モレイラやスタンリー・クラーク、ジョン・マクラフリンやアリス・コルトレーンとのコラボレーションで今まで少年達が聴いたことの無いサウンドを聞かせていた時代。いや、それは僕がヘンな少年だったから聞いていただけかなぁ??
とにかく、KLBは時代錯誤も甚だしいクラブだったのです。
最初は、絶対いやだと思ったのですが、これが西田先輩のあまりの恐ろしさに、仕方ないからしばらくは我慢して行く事にしたのです。そして渡されたのがまがい物のバイオリンベース。ポールが使っていたヘフナータイプじゃなく国産の、今じゃピザールと言うカテゴリに入るほぼおもちゃと言える楽器。
しかし、なんとなくポールが持っていた楽器に似ている。ぼくも純真な田舎の少年だったのです。いやいやながらも初めて触れるベースと言う楽器に少しワクワクしながらクラブに通い始めました。まさか、それが僕の人生を決定する事になるとも知らずに。和歌山の田舎のそれまで原始人の様に育った痛々しいほど純真な岩田少年の人生が・・・今の僕からその時の自分を考えたらなんだか可哀相になってきます。音楽の正式な教育も受けていず、本当は何をどういう方向に勉強すれば良いのかも分からず。しかも、周りに誰一人それを知っている人も居ない。いや、音楽の先生だけは僕に正しいアドバイスを出来たはず。ところが、その後、音楽の先生とは大喧嘩になるのです。先生、そこは大人として音楽的に無知で無力な僕を大きな心で導いて欲しかった(^^; なんちゃって。
とにかく、なんとなく弾き始めたベース。演奏するのはラテンの名曲の数々。
今から思えば、本当に名曲の数々です。
マンボNo.8、エル・マンボ、マンボ・ネグロ、闘牛士のマンボ、セレソ・ローサ。もうそのバンドではマンボNo.5やテキーラは演奏しなくなっているほどラテンミューックを多く演奏していました。
しかし、その当時の僕は家に帰ったらサンタナのキャラバンサライを聞いている少年。そんなラテンの名曲の良さなんて気付くはずもないのですが、それでもベースと言う楽器の魅力、いや音楽そのものの魅力にどんどんのめりこんで行きました。

さてさて、テディさん。
リハーサルしているとき、なんだか物凄く懐かしいのです。あれ? 何だろう、この感じ。良く知ったサウンド。そう、テディさんは東京キューバン・ボーイズのアレンジャーだったのです。そりゃあ、しっているはずです。あの頃、クラブの部室にあったキューバンボーイズのアルバムは聞きまくりました。僕の最初のベースアイドルはポールでもサンタナのデビッド・ブラウンでもなく、実はキューバン・ボーイズのベースの方だったのです。
しまった、テディさんにその方のお名前を聞けば良かった。
今日は、本番中、とても感慨深かったです。あの40年前に聞いた人と一緒に演奏している。まさかそんな時が来るとは。少年の頃に戻ったような気分で演奏していました。そして、テディさんと言う人は、ピアノに対して誠実で本当に音楽を愛している人。今日は突然、あれこれとリハーサルもなしにその場で色んな曲を演奏しましたが本当に楽しかった。特にエルクンバンチェロをやると突然言われ、あ、40年前に演奏したっきり。覚えてるか。と一瞬不安だったのですが、そんな僕の躊躇も関係なくテディさんが弾き始めた。ええい、ままよ、と飛び込んでみるとその音楽は僕のなかにしっかりと存在していました。勝手に手が進んでいく。なんだか涙があふれて来る、何も分からないままにベースを弾いていたあの少年の僕は今もちゃんと自分の中に居たのです。ちゃんと今も僕を支えてくれている。大変だった今までの人生をずっと支えてくれていたのです。
いけない、感傷的になって自分の世界に入っちゃってます(^^;

ライブを終えてから、テディさんと二人で写真を撮ってもらいました。そしてテディさんの楽譜を一枚いただき、それにサインもしていただきました。テディさんご無理を言ってスイマセンでした。そして、今日は有難うございました。忘れられない日になりそうです。

(柿本さんも僕の人生のターニングポイントになる大先輩です。柿本さんの事はいつかまたゆっくり書きたい。)
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by xou99 | 2014-10-12 04:18 | 色々と、 | Comments(5)