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余野川で石塔発掘

2004年05月06日に余野川で遊んでいる時、ふと足元を見ると自然に出来たのでは無さそうな直角の部分を持つ20cm位の石辺を発見。数時間かかって掘り返してみると石塔でした。

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表面に文字が見えます。

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このときはこのままにして、村の自治会にも報告しましたが一向に対応が無いため数年間余野川に放置。

幾度か自治会や村の漁協に進言するも対応なし。

河川を管理している建設省に報告も同じように対応なし。

そこで2006年06月03日になってから建設省の池田土木事務所の河川局に連絡をとり持ち帰る事に許可を貰いました。電話のみでのやり取りでしたがそれで由としました。独断です(笑)。

さてさて、これは大変な作業でした河川敷から1mもあろうかという石塊を引き揚げるのは至難の業では有りません。角材やキャリーカートを使い何時間も格闘の後、とうとう家の庭まで持ち上げました。


ズタズタになったキャリーカート。今現在僕がベースアンプを運ぶ時に使っているカートがこれです。鉄パイプが歪んでしまったものをなんとかもどして使ってます。
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さて計ってみました。(僕は計るのが得意です。)
83cm位です。
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そして表面の文字。
石塔の写真をフォトレタッチソフトに取り込んで、コントラストや階調を調節後グレースケールに直したものです。
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なんと読めるでしょうか。
書道をしている知り合いや、ネット上のBBS等で問い合わせた結果。

「久保の庄やうはし」ではないかと・・
と、思っていたら、ボーカルの小野あづみちゃんのお父上からアドバイスをいただき。
「久保の志やうはし」で、あると「庄」ではなくて「志」であると教えていただきました。
お父上有難うございます。

そしで、つまり
「久保の荘橋」と言うわけです。
(これは「荘」なのですか「庄」なのですか、お父上ご教授ください。)


そこで余野川の上流域に久保の荘と言う地名があるかどうかを調べましたが今のところ発見出来ていません。

だとすると・・・・・・


ここまでが2009.7.2までの記事ここからが件のお父上のアドバイスの核心。

2009.7.31日更新

こう言う場合「久保の荘」というのは地名を表すのではなく豪族やお公家さんの個人名義の邸宅を表すのではないかとの事です。つまり、地名を探していたのは見当違いだったと言う事です。

実は、僕自身この件について探求したいのは山々なのですが如何せん音楽業が忙しい。
小野さん。もし、ご興味があられるなら暇な時にでも引き継いでもらえないでしょうか。
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by xou99 | 2009-07-02 00:26 | 色々と、 | Comments(2)
Commented by 小野あづみ at 2009-11-04 23:14 x
父がゆっくりですが、かなり調べています。父からの最新情報ですが、「志」がもしかすると「知」かもしれない、とのことです。崩し字辞典を見ると、確かに「志」よりも「知」を崩した字に似ているのです。そうなるとつまり、“久保乃知やうはし”となります。そして久保町(くぼのちょうと読む)は西宮市の上部に現存しています。父の現時点での推測によると、おそらくこの石塔は川を流れて来たわけではなさそうな...なにか事件があったか...?なんてことも。そして今日も天眼鏡片手に調べております。
Commented by xou99 at 2010-01-14 01:13
うわ、あづみちゃん11月に書き込んでたんだ。今日発見。申し訳ない。
さてさて、西宮からなにか事件があってここ余野川までこの石塔が来たとな・・・・うーん、俄然面白くなってきましたねぇ。
その後、お父上はなにか話が進んでおられるでしょうか。
一度お父上と一緒に七輪来ませんか・・・
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